八幡市立美濃山みのやま小学校 6年
谷口 穂乃歌
「ねえ、ちょっと牛乳を買ってきてくれない?」
“穂乃歌,能帮忙去买一瓶牛奶吗?”
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これは小さいころの私の憧れであった。いわゆる「お使い」である。
我小时候一直憧憬着一件事,那就是所谓的“跑腿”。
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私の家の近くには、一階に少し食料品が置いてあるとある店があった。牛乳もそこに居座っていたのだ。
我家附近有一家小店,一楼摆着一些食品,包括牛奶。
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数年前とはいえ、今ほど文化が進んでいなかった時代である。
虽然只是几年前的事,但当时还没有现在这么发达。
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空地もたくさんあり、そこを通り牛乳を買いに行くのだ。
那时候,家附近还有很多空地,我需要穿过那些空地去买牛奶。
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まだ、五、六歳だった私は、その小さな冒険に憧れていた。
而我才五六岁,对那种小小的冒险充满了向往。
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近くに住む友達が誇らしげに「今日、お使いに行ってんで!」と言うのを聞くと私は羨ましくなった。
每当我听到住在附近的朋友自豪地说“今天我去跑腿了!”时,我就会感到羡慕。
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そもそも、「お使い」という言葉は、幼い私にとって不思議な響きを持ち合わせていた。
其实,“お使い”(跑腿)这个词对于年幼的我来说,有着一种奇妙的韵味。
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お使いになぜ「お」があるのか?と思ったからである。
我一直在想,为什么“お使い”里会有一个“お”呢?
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後になり、丁寧な表現にするためについているとわかったが、そのころの私には魔法でも使わない限りわかるはずもない。
后来我才明白,这个字是为了表示礼貌而加上的,但对于当时的我来说,除非施展魔法,否则根本不可能明白这个道理。
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そんな事情もあり二百円をもらって、「いってらっしゃい、よろしくねー」というのんきな声に見送られて冒険を始めた。
“路上小心,拜托了哦。”总之,我拿着两百日元,在妈妈悠闲的送行声中开始了自己的冒险。
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空地を大きな山に見立てて、越えたときは心の中でガッツポーズだ。
我把空地想象成一座大山,每次跨越过去,心中都会振臂欢呼。
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そして目的の店に着いた。牛乳を見つけるのは簡単であった。ここまではよかった。
终于,我到达了目的地,找到牛奶并不难,一切都很顺利……
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しかし問題が起きた……。牛乳がとても重いのだ。
然而此时,问题出现了——牛奶太重了。
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母は、私の力を甘く見ていたらしい。良いほうに、である。
之前,大概是出于对我的关心,妈妈一直小瞧我的力气。
良いほうに:这里指的是妈妈出于好意,怕作者举不动重物而遭遇意外。“甘く見る(小瞧)”本身是一种带贬义的表达,“良いほうに”相当于对这一信息进行了补充说明,功能类似于中文中的贬词褒用。相对的,“悪いほうに”则是褒词贬用。
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なんとか持ち上げ、精算をし、空地の山を越え……。帰りの私はとにかく必死であった。
我咬紧牙关,举起牛奶,结账付款,然后再次翻越“空地之山”……回程路上我几乎拼尽全力。
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当我终于回到家时,整个人都松了一口气。
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それまで憧れていたお使いにも裏があるのだ、と幼いながら大変さを身にしみて感じるのであった。
尽管那时我还小,但我深刻体会到,我曾经如此憧憬的“跑腿”其实并没有那么简单。
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今思うとなんでもない二百メートルぐらいの距離だが、幼い私にとっては長く、学ぶことのあった道だった。
现在回想起来,我家到小店的距离不过两百米左右,但对于年幼的我来说,那是一段漫长且而又有有学习意义的路程。
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出处:tsurezure-essay.jp
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